福岡地方裁判所小倉支部 昭和34年(ワ)340号 判決 1962年2月20日
原告 阿部チヨノ
被告 合資会社共立機械制作所
主文
原告より被告に金二十五万円を支払うと引換に、被告は原告に対し別紙第一目録記載の不動産につき昭和三十四年三月十九日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は、
「被告は原告に対し、原告より被告に金二十五万円を支払うと同時に、別紙第一目録記載の不動産につき、右不動産に設定されている別紙第二目録記載の各根抵当権をそれぞれ抹消のうえ昭和三十四年三月十九日売買による所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
被告訴訟代理人は、
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
(請求の原因)
一、原告は被告から、昭和三十四年三月十九日に、別紙第一目録記載の土地および家屋(以下本件物件という)を、代金二十五万円、登記費用は被告が山崎(もと本件物件の所有者)から本件物件を買受の際に支出した分も含めて原告が負担することの約で買受け、その際、同月三十日に右売買代金支払と同時に、本件物件上に設定されていた根抵当権につき、債務を弁済して抹消のうえ負担のない物件として、右登記手続をする旨特約を結んだ。
二、(事情)なお、原告が、本件物件を買い受けるに至つたいきさつは、次のとおりである。即ち、本件物件は、もと訴外山崎勇の所有であつて、原告は、同訴外人から、昭和二十二年頃以来本件物件中家屋のうち向つて左側(北側)一戸住建坪階下約七坪五合二階約七坪を賃借、居住していた。そして、原告は、昭和三十三年八月二十五日山崎より本件物件を代金二十五万円で買い受ける約束をしていたところ、山崎は原告に無断で、同年九月十六日に本件物件(即ち原告居住家屋を含め)を被告に売り渡してしまい、被告に対する所有権取得登記を了した。ところが、被告は、本件物件を買い受けて後、間もなく再三にわたり原告に対し本件家屋の明渡方を求めてきたが、原告としてもすでに永年居住している家屋であるし、相当の造作費をかけてもおり、かつ移転先とてもないので、その明渡要求を拒絶したところ、昭和三十四年三月初旬被告会社代表者星州煕は原告に対し本件物件の買受方を申し入れ、その後種々接衝の結果、前記のように、売買契約が、成立したのである。
三、原告は、昭和三十四年三月三十日被告方に売買代金二十五万円および登記費用を持参して提供し登記手続を求めたが、被告は、登記手続をしない。しかして、前記抵当権を抹消したうえ所有権移転登記手続をするという特約は、その登記をするにあたつては、本件物件によつて担保されているすべての債務を弁済し抵当権等すべて抹消したうえ負担のない物件として移転登記をするという趣旨の特約である。故に、売買契約当時は別紙第二目録(一)の根抵当権についてしか登記が存在していなかつたし、同(二)のそれは契約後の登記ではあるが、右特約の趣旨に則り被告においてすべて抹消すべきである。よつて、原告は被告に対し、右売買契約および抵当権抹消の特約に基き、原告が金二十五万円の支払をすると引換に、請求の趣旨記載の判決を求めるため、本訴請求に及んだ。
(請求の原因に対する答弁)
請求の原因事実は否認する。もつとも、原告が売買契約成立のいきさつとして述べる事情のうち本件物件がもと山崎勇の所有であり、本件家屋中原告主張部分を原告が山崎から賃借居住していたこと、山崎は本件物件を被告に対し原告主張の日売り渡し、登記手続を了したことは認めるが、それより以前において原告が本件物件を山崎から買い受ける旨約束をしていたことは知らないし、その余の点については否認する。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、証人森マキエ、同酒井ミチヨ、同北原磯治郎の各証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果を総合すれば、原告が主張する請求の原因らん一の事実を認めることができる。右認定に反する趣旨の、証人松井清幸の証言、被告代表者の本人尋問(第一回)の結果は、措信することができない。
二、ところで、原告は、現在本件物件について設定されている別紙第二目録記載の根抵当権を抹消のうえ本件物件の所有権移転登記手続を被告においてすることを求めている。
一般に、抵当権が設定されている物件の所有者を被告として、その抵当権の抹消を求めることは、抵当権の抹消という点のみをとらまえれば、訴訟当事者となつていない抵当債権者の権利の消滅を求めることとなり、いわゆる訴の利益を欠くものといわざるを得ず、却下を免れないが、原告が本訴において根抵当権の抹消を求めている真意は、原告のために所有権移転登記手続をする以前に、本件物件について設定されているその根抵当権の被担保債権につき、その債権者に対しすべて弁済して消滅させたうえ、右根抵当権の抹消手続を被告においてすることを求めているにあること請求の原因事実および原告本人尋問(第一、二回)の結果によつて明らかであるので、そのような場合には、その請求にして立証ある限りは、裁判所としては、被告に対し根抵当債務を訴外人である根抵当債権者に支払つて債務を消滅せしめその設定登記を抹消のうえ、原告のための所有権移転登記手続をすることを、被告に命じ得るものとして、適法と解するのが相当である。
けだし、根抵当権の設定ある物件につき、根抵当権者の承諾なく売買をすることは勿論妨げないし又、根抵当権者の意思にかゝわりなく、これが債権を満足せしめるために物件所有者たる抵当債務者において抵当債権者に弁済をして債務消滅の手段を講ずることを、抵当債務者とその物件の買受人との間に約することは何ら公序良俗に反するものでもなく、とくに被担保債権の弁済期経過後は抵当債権者の立場(資本の投下とこれの回収とについて、他からおびやかされないという点)を考慮にいれても何ら妨げるべきものはないのであつて、そうであれば、そのような右当事者間の契約はまた保護さるべきものであるからである。
このことはまた、一般に、たんに当事者間で、その一方が、第三者に一定の金銭を支払うことを約する一種の債務約束の性質を有する契約も有効であると解し得ることからも、肯定し得るというべきである。
しかして、右のように解すべきものとして、その執行の方法について考えるに、本件目的物件の売主である被告において、別紙第二目録記載の根抵当権者に対し根抵当債務を弁済し、根抵当権設定登記の抹消手続をしたうえ、原告に対し所有権移転登記手続をすべき旨の判決の執行については、原告としてはまず一般金銭債権の執行に関する規定を準用して被告の財産に対し差押をなし、その差押金銭又は売得金を別紙第二目録記載の根抵当権者に引き渡すことによつて根抵当債務の弁済の部分の執行をなし(大審院昭和四年九月二六日判決、大審院民事判例集八巻七五〇頁参照)、次いで根抵当権設定登記の抹消については原告において被告に代位してこれをなし得る筋合である。
三、右のようにして、本訴請求は適法であるのであるが、被告が、本件物件の負担する被担保債権を消滅せしむべく、債権者に支払うべき金銭の額は、いくばくであるかについては、これを認むべき主張立証がないし、当裁判所が職権でなした原告本人尋問および被告会社代表者星州煕本人尋問の各結果によつても遂にこれを認め得ないので、この部分についての原告の請求は、結局、これを認容するに由ない(従つて、本件売買契約締結後に登記されたものである別紙第二目録(二)の根抵当権をも抹消を求め得るかどうかの判断は省略する。)とせざるを得ない。
四、しかして、別紙第二目録記載の根抵当権設定登記がなされたまゝに本件物件につき原告のために所有権移転登記手続がなされることについては、原告も、差し支えないものとして、その趣旨の判決がなされることを拒否してはいないこと原告本人尋問(第一回)の結果によりこれを認め得るので、原告の本訴請求を全部棄却することなく、右根抵当権設定登記の存在したまゝの本件物件につき、売買による所有権移転登記手続を求める限度において認容することとし、その余の部分は、棄却する。
五、よつて、民事訴訟法第九十二条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋吉稔弘)
第一目録
(一) 八幡市南陣山町参番地の六
一、宅地弐拾六坪六勺
(二) 八幡市藤田字辻六百拾九番地
家屋番号南陣山壱丁目四七番ノ五
一、木造瓦葺弐階建住家壱棟
建坪拾五坪五合壱勺
外拾六坪弐階
第二目録
第一目録記載の土地および家屋に各設定されている、
(一) 福岡法務局黒崎出張所昭和三四年一月二一日受付第一八一号原因同日金融取引契約に基く根抵当権設定契約
根抵当権者八幡市信用金庫、債権元本極度額金一〇〇万円、約定期限昭和三五年一二月末日、利息日歩金二銭八厘、利息支払方法毎月末日に一ケ月分前払、特約利息支払を怠りたるときは期限の利益を失い元利金に付日歩金三銭八厘の違約金を支払う約。
(二) 福岡法務局黒崎出張所昭和三四年四月七日受付第一六二二号原因同月三日金融取引契約についての根抵当権設定契約
根抵当権者商工組合中央金庫、債権元本極度額金五〇〇万円、期限予め定めない、利息手形貸付手形割引の場合日歩二銭六厘証書貸付の場合年九分九厘、利息支払方法債権者所定の時期及び計算方法により支払うこと、特約債務不履行の場合は弁済すべき元金及び利息債務の各金額に対し日歩四銭の割合による損害金を支払う約。